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大阪地方裁判所堺支部 昭和47年(モ)738号 判決 1973年11月29日

債権者

第一紡績株式会社

右代表者

調虎雄

イチボウ商事株式会社

右代表者

調虎雄

債権者

調虎雄

岩崎知長

外四名

右八名訴訟代理人

江谷英男

外一名

債務者

恵美寿織物株式会社

右代表者

浅野十二生

右訴訟代理人

木村保男

外四名

主文

1  債権者らと債務者間の、当庁昭和四七年(ヨ)第二六七号新株発行差止仮処分事件について、当裁判所が同年一二月二五日になした「債権者らが、保証として、債務者に対し、金五、〇〇〇万円を供託することとを条件として、債務者が昭和四七年一一月二七日および同年一二月四日の取締役会の新株発行に関する決議に基づいて、現に発行手続中の記名式額面普通株式八〇万株の発行を仮に差止める。」との決定はこれを取り消す。

2  債権者らの本件仮処分の申請を却下する。

3  訴訟費用は債権者らの負担とする。

4  この裁判は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、申請の趣旨

1  主文第一項掲記の仮処分決定を認可する。

2  訴訟費用は債務者の負担とする。

二、申請の趣旨に対する答弁

主文第一ないし三項と同旨

第二、当事者の主張

一、申請の理由

1  債務者会社は、ベツチン、コールテン、その他織物の製造・販売・染色・加工整理・一般貿易を目的とし、資本金五、〇〇〇万円、発行する株式の総数四〇〇万株(額面一株の金額五〇円)、発行済株式総数一〇〇万株の会社で、昭和四二年三月二八日更生計画の認可決定があり、昭和四七年一一月八日更生手続終結決定があつたものである。

2  債権者らは、いずれも債務者会社の株主で、その持株数は、債権者第一紡績株式会社(以下「第一紡績」という。)一六万四、三〇〇株同イチボウ商事株式会社(以下「イチボウ商事」という。)、一〇万二、〇〇〇株、同調虎雄五万株、同岩崎知長四万六、〇〇〇株、同垣田秀雄、同坂本各四万株、同中村克已、同藤屋一男各三万五、〇〇〇株であり、これらの株式は、第一紡績が、別表(一)のとおり、買入れもしくは新株引受したものを、債務者会社が政府関係の金融機関から融資を受ける都合上、債務者会社の要望により、便宜他の債権者に名義書き換えしたものである。

3  債務者会社の取締役会は、昭和四七年一一月二七日、発行株式数は記名式普通株式八〇万株、発行価格は一株につき六五円(その後同年一二月四日、八五円に変更)、払込期日は同年一二月三〇日、募集方法は一般公募とする旨の新株発行の決議をし、同月九日その旨官報に公告した。

4  債務者会社の右新株発行は、商法二八〇条の二第一項および第二項に違反し、且つ著しく不公正な方法によりなされようとしているものであり、債権者らはこれにより不利益を受ける虞れがある。

(一) 商法二八〇条の二第一項違反について

債務者会社は、前項のように取締役会で新株発行の決議をした後、新株の引受申込を受付け、一たん割当て手続をも了したが、昭和四八年一月二九日頃、申込人全員に対し、割当決定分の申込証拠金に年一割の割合による利息を付加して返還し、申込人らは異議なくこれを受領した。従つて、新株発行についての取締役会決議は取消された。それにもかかわらず、債務者会社はその後も本件新株発行手続を続行しようとしているが、これは新株発行につき取締役会の決議を必要とする旨定めている商法二八〇条の二第一項の規定に違反する。

(二) 商法二八〇条の二第二項違反について

債務者会社の株式は、証券取引所に上場されておらず、店頭取引もされていないが、このような株式について一般に行われている時価の算定方法により、本件新株発行価額決定当時の債務者会社の株式の価額を算定すると、次のとおりである。

(1) 類似会社比準方式による場合

一株 四四四円

(2) 純資産価格方式による場合

イ 純資産のみにつき計算した場合

一株 一九九円三一銭

ただし、右は昭和四七年九月三〇日現在の債務者会社の貸借対照表による場合で、不動産の価格を時価になおして計算すれば、さらに右価額をうわまわる。

ロ 純資産のほか資産性引当金(特別償却準備金、償却資産圧縮引当金、海外市場開拓準備金、価格変動準備金)を加えて計算した場合

一株 三四八円四一銭

なお、配当還元方式は、債務者会社は前期まで更生会社であつて、配当が禁止されていたので、この場合の株価の算定方法として適当でない。

以上のことから債務者会社の現在の一株の時価は、二〇〇円以上であると考えられる。ところが前記決議によれば、一般公募により一株について八五円の価額で新株を発行するというのであるから、これは、株主以外の者に対し、特に有利な発行価額を以て新株を発行する場合にあたる。従つて、商法三四三条の特別決議を要するのにこれをしていない。

(三) 著しく不公正な方法による新株発行であることについて

イチボウ商事は、第一紡績のいわゆる一〇〇パーセント出資の子会社であり、その他の債権者はいずれも第一紡績の役員である。しかも、前記のように便宜上名義書き換えをしたいきさつからして、第一紡績を除く他の債権者らの株式合計五一万二、三〇〇株は、事実上第一紡績の所有する株式であるといえる。従つて、第一紡績は、債務者会社において、現在51.23パーセントの議決権を有していることになる。

ところで、本件新株発行は、第一紡績の右議決権割合を二七パーセントに低下させ、その支配権をはく奪する目的で、何ら資金調達その他新株発行の必要性がないのに行なわれるもので、しかも右目的を達成するため、公募に藉口して、債務者会社代表取締役浅野十二生が、ほしいままに、新株を自派に友好的な取引先や債務者会社従業員に割当てようと企てているものであつて、著しく不公正な方法による新株発行である。

四  債権者ら殊に第一紡績が、本件新株発行により受ける不利益

本件新株発行により、第一紡績の議決権の割合は51.23パーセントから二七パーセントに低下し、従来過半数の議決権を有することにより債務者会社を経営・支配しうる地位にあつたのに、その地位を失つてしまう。そもそも、第一紡績が未だ更生会社であつた債務者会社の発行済株式総数の過半数にもおよぶ株式を取得したのは、更生手続終結後、支配・経営権をおよぼさんがためであつたのであるから、右のような地位を喪失することは、第一紡績にとつて回復し難い損害といえる。

また、本件新株発行の発行予定数は八〇万株であり、発行済株式総数は一〇〇万株であるから、八割の大幅増資が行なわれることになる。債務者会社は、次期には一割五分の配当を予定していたのであるが、本件新株発行により、当然配当率は低下し、債権者らは、得べかりし配当金の一部を失うことになる。

5 よつて、債権者らは、商法二八〇条の一〇の規定に基づき、債務者会社の本件新株発行の差止めを求める本案訴訟を提起したが、右訴訟確定に至るまでの間本件新株発行を仮に差止める旨の仮処分申請を当庁になし、主文第一項掲記の仮処分決定を得たので、その認可の裁判を求める。

二、申請の理由に対する認否

1  申請の理由第一項は認める。

2  同第二項のうち、債権者ら主張の株式のうち、第一紡績が一万七、八〇〇株、イチボウ商事が二、〇〇〇株をそれぞれ所有していること、債権者らが現在株主名簿上、債権者ら主張のとおりの株式を所有する株主となつていること、同主張のとおりの数の株券をそれぞれ所持していること、右株式は、別表(一)の2を除き、第一紡績が債権者ら主張のとおりの経緯で取得したものであることは認める。その余の点は否認する。

3  同号三項は認める。

4同第四項(一)のうち、債務者会社が、申込人全員に対し、申込証拠金に利息を付加して返還した事実は認める。その余の点は争う。

5  同(二)のうち、債務者会社の株式は、証券取引場に上場されておらず、店頭取引もなされていないこと、債務者会社は前記まで更生会社であつて、配当が禁止されていたことは認める。その余の点は争う。

6  同(三)、(四)は争う。

三、債務者の主張

1  株式の帰属について

第一紡績が東洋棉花株式会社(以下「東洋棉花」という。)から買入れたと主張する株式四九万二、五〇〇株は、次に述べるような経緯により債務者会社が第一紡績に預託したもので、債務者会社に帰属するものである。

(一) 債務者会社は、会社更生手続開始後、資本金八、〇〇〇万円を八〇〇万円に減資したうえ、四、二〇〇万円相当の新株を発行し、これをもつて更生債権者に代物弁済を行なう旨の内容を含む更生計画案を作成した。ところが、更生債権者である件外株式会社富士銀行、同日本勧業銀行、同三井銀行(以下「三銀行」という。)は、更生会社の株式を保有することを嫌つて右計画案に同意せず、そのため裁判所の認可を得ることが困難であつた。そこで当時更生管財人であつた件外浅野十二生(以下「浅野」という。)において三銀行を説得し昭和四一年一〇月末頃、三銀行が、引き受けた新株を直ちに売却できるように、債務者会社がその買手を斡旋することを条件にようやく三銀行の同意を得た。

(二) 浅野は、かねて親交のあつた第一紡績の代表取締役である債権者調虎雄(以下「調社長」という。)に懇請し、同年一一月中旬頃、三銀行の引受けた新株を全部額面金額で買取る旨の確約を得た。かくして、更生計画案は、全利害関係人の同意を得られる見通しとなり、同計画案審理ならびに決議のための関係人集会が、昭和四二年三月二八日に開催される運びとなつた。

(三) ところが、同月二二日、調社長は、浅野に対し「三銀行の引受けた株式は形式上は第一紡績が買取つたことにするが、実質的には債務者会社に対する貸付金であるから、三年間で返済することを確約して欲しい。株券は当方で預かつておく。」旨申し入れた。浅野はこれを聞いて驚き、かつ憤慨したが、第一紡績の右申し入れを拒否すれば、更正計画案は三銀行の反対により認可を得られず債務者会社は破産に追い込まれることが必至であつたところからやむを得ず右申し入れを承諾した。そうして同月二八日、更正計画案の可決・認可の後、債務者会社は第一紡績から金二、四六二万五、〇〇〇円を借入れ、その金で三銀行の引受けた株式を買取り、株券を担保として第一紡績に預託した。

(四) その後、債務者会社は、昭和四五年三月三一日までに、合計金二、一六〇万円を返済した。

2  本件新株発行の株価が、商法二八〇条の二第二項の「特ニ有利ナル発行価額」にあたらないことについて

(一) 債権者らが、債務者会社の株式の時価算定の基礎としている昭和四七年九月期の債務者会社の決算は、昭和四六年から四七年の夏にかけての、国際的なベツチン・コールテンブームを背景とした稀有の一時的な好況期の決算であり、将来の、しかも相当長期間にわたる投資の対象としての株式の時価を決定する際の計算の基礎とするのは適当でない。

(二) 債権者らは、いわゆる純資算方式により算出された時価を重視しているが、右方式は、株主の出資払戻請求権の存在、もしくは会社の清算を前提とするもので、企業の継続を前提とする新株発行の際の株式価額決定方法としては妥当でない。

また、債権者らは、諸引当金を純資産に加えて計算しているが、一般には、税務基準を超える引当金のみが問題とされており、資産性引当金の全額を加算することは誤りである。

(三) 債務者会社が、発行価額を決定した経緯は次のとおりである。

債務者会社は、ようやく今期から復配体制を整えたとはいえ、過去の歴史、応募者の心理、ことに実際に引受申込みが期待される従業員、取引先などは。いずれも以前債務者会社の倒産により犠牲を強いられたことなどから、額面金額とかけ離れた価額では応募者の有無に危ぐが持たれること、最近の取引例でも、額面額もしくはそれ以下で取引されており、昭和四七年六月に、一株六五円で取引されたのが額面額を超えた唯一の例であることなどの理由から、当初新株の価額を六五円と決定したが、その後、専門家の鑑定意見を徹して決定するのが望ましいと考えて、債務者会社は、公認会計士池田雅夫に鑑定を依頼したところ、新株の発行価額は一株八〇円ないし九〇円が相当である旨の鑑定結果が出たので、慎重に検討したすえ、一株八五円と決定した。

新株の発行価額は、旧株主の利益を害するものであつてはならないが、同時にそれは申込み、払込みを期待しうる価額、つまり応募者にとつて魅力のある価額でなくてはならない。換言すれば、新株の公正な発行価額は、新株の発行が成功する限度において旧株主に最も有利な価額であると言える。かかる観点から見ても、本件新株の発行価額は、右価額決定の経緯に照らして、決して不公正な価額、すなわち特に有利な発行価額とは言えない。

3  本件新株発行が著しく不公正な方法によるものではないことについて

(一) 債務者会社の昭和四七年九月期の決算は、期首以来ずつと続いていた前述の世界的なベツチン・コールテンブームに支えられてはじめて可能とされた決算なのであり、右前期以降の急激な受注の減少等を考えると、このままの状態では、債務者会社の前途は、見通しが暗い。

それゆえ、債務者会社の役員会・経営会議・労使会議等においては、ここ数年来、常に新製品・新種加工の開発の必要性が議題にのぼり、とりわけ昭和四七年一〇月七日に開催された第九四期(昭和四七年一〇月から昭和四八年九月まで)計画会議においては、ほとんどの時間をこの問題の検討に当て、討議を重ねてきたが、これらの討議・検討の後、近々に具体化する必要のあるものとして東洋紡との提携により開発中のエステル混コールテン・捺染技術のレベル・アップによる高級捺染等を選び、その設備の検討・費用の見積等を急いできた。その結果、これに要する設備資金は、公害防止のための廃水処置施設、早急に取替を要する乾燥機等を含め、一億円以上に達するものと見込まれた。

(二) また、債務者会社は、右資金の調達方法についても、関係各方面の意向等をも打診しながら、慎重に検討を進めてきた結果つぎの諸理由によつてこれを増資によつて賄うこととした。

(1) 債務者会社が、当期の期間計画をその目標通り達成することができたとしても、なお資金余剰(自己資金)は、四、〇〇〇万円程度にすぎない。

(2) 債務者会社は、中小企業金融公庫を中心に、昭和四七年一一月末現在で、長期二億二、六三〇万四、〇〇〇円、短期九、〇〇〇万円、合計三億一、五三〇万四、〇〇〇円の借入金残高を有し、担保・預貸率等とのかねあいもあつて、最早これ以上の借入れをすることは困難である。

(3) かりに、借入れは不可能ではないとしても、現状において昭和四八年一月から同年五月まで毎月一、六〇〇万円ないし一、八〇〇万円の元本返済をしなければならないのに、そのうえに新たな金利負担等が加われば、これを返済してゆくには相当な無理が伴う。

(4) 更生手続終結を機会に、関係各方面に謝礼を兼ね、倍旧の協力をお願いに参上いたしたところ、至るところで増資を望む声があり、株式の引受につき、応分の協力がえられる見通しとなつたこと。

(5) 更生手続の終結と金融緩和のこの時期に、増資を行なうことは、まことに時宜をえた措置であること。

(三) 公募の方法をとつたのは、次の理由による。

(1) 前述のように、被申請人会社の発行済総株式一〇〇万株中、その半数に近い四九万二、〇〇〇株については、現在その帰属が問題になつているから、この帰属が決らないうちに、株主割当の方法で新株の発行を行なうことは適当でない。

(2) 株式会社の保有を通じて、従業員に自己の会社である旨の自覚を持たせ、その勤労意欲を高めることは、会社にとつて有益なことであるが、株主割当の方法によつては、この目的は達せられない。

(3) 債務者会社が、今後伸びてゆくためには、多くの取引先との連携を深め、その支援をえなければならないが、その方法としてもまた株主割当の方法は不適当である。

(四) 以上のように、本件新株発行については、資金調達の必要性があり、しかもそれが新株発行の方法によるほかない状態にあり、公募の方法をとつたことについても合理的理由がある。さらに株式の割当についても、一定の合理的基準を設けて行なわれた。従つて、本件新株発行は、なんら、不公正な方法でなされたものではない。

第三  証拠<略>

理由

一当事者間に争いのない事実

申請の理由第一項、同第二項中債権者らが株主名簿上、債権者ら主張のとおりの数の株式を所有する株主となつており、それに相当する株券を所持していること、債権者らにおいて、第一紡績が東洋棉花から、昭和四二年六月二六日に買受けたと主張する株式以外は債権者らの所有にかかるものであることならびに同第三項については、当事者間に争いがない。

二債務者会社の株式四九万二、五〇〇株の帰属について

<証拠>を総合すると、

1  本件株式が債権者らに名義書き換えされるまでの経緯

(一)  債務者会社は、会社更生手続開始後、まず、資本金八、〇〇〇万円を八〇〇万円に減資したうえ、あらためて四、二〇〇万円の増資を行ない、その増資新株八四万株を、債権額三五万円につき五〇〇株の割合で確定更生債権者に按分して割当て、代物弁済とする旨の内容を含む更正計画案を作成した。ところが、昭和四一年九月頃、大口更生債権者である三銀行は、更正会社の株式を保有することを嫌つて、右計画案に難色を示したので、その決議、認可を得ることが困難となつた。そこで、同年一〇月中旬頃、当時更生管財人であつた浅野(昭和四二年三月二八日更生計画案認可後は債務者会社の代表取締役。)は、三銀行を説得した結果、同年一一月初旬〜中旬頃、三銀行が引受けた新株を直ちに第三者に転売できるように、浅野が自らの責任で、買手を見付けるとの条件付で、ようやく三銀行の内諾を得た。

(二)  これより先、浅野は、その頃、旧知の仲で、かねてから親交のあつた調社長に事情を話して援助を申し入れたところ、同人は、買手が見付からない場合には自分の方でなんとか努力しようなどと浅野に約束した。

(三)  その後、調社長は、浅野に対して、株式の買取りでなく、債務者会社に対する資金貸付の方法で援助することではどうかと浅野に申し入れたが、更生会社であるから、物的担保を供することができないし、貸付金の形式をとつたのでは、三銀行に割当てる増資新株の引受人がいないことになり、更生計画案が成立しないところから、浅野はこれを断るなどのいきさつがあつたが、昭和四二年二〜三月頃には、調社長と浅野との間で、次第に株式買取の話が煮つまつて行つた。

(四)  債務者会社は、ベツチンコールテンの生産においては、日本国内では有数の実績を有し、そのブランドは、国内は勿論、世界的にも著名であり、倒産するに至つたのも、内部的要因によるものではなく、国内総代理店の三欣式会社に多額の資金援助をしていたところ、同社が営業不振に陥つて倒産したので、債務者会社もやむなく支払停止をしたのである。

しかし、当時は、会社更生手続が開始されていたので、更生計画を完了するまでは株式の配当は行なわれず、同計画によれば、債務の完済までに一二年間を要する見込みであつた。しかも、債務者会社の主たる営業である染色加工業は、いわゆる市況産業であるところ、当時の業界の情勢は必ずしも楽観できない状態で、債務者会社は、破産することも十分予想される状況にあつた。

(五)  昭和四二年三月一二日にいたり、更生計画案の審理・決議のための関係人集会を、同月二八日開催する旨の決定がなされた。

調社長は、同月二二日、第一紡績社長室で、浅野に対し、三銀行の引受ける株式を買取ることの交換条件として、

① 第一紡績の持株の割合が債務者会社の発行済株式総数の五割以上となるようにすること、

② イチボウ商事を債務者会社の内地総代理店とすること、

③ 債務者会社は、イチボウ商事および第一紡績に対し、取引上有利な基準を設けることによつて、三年間にわたり年間七二〇万円、合計二、一六〇万円の利益を両社にもたらすこと

に同意するように申し入れた。

浅野は、第一紡績が、無条件で債務者会社の株式を三銀行から買取つてくれるものと期待していたので、調社長の右申し入れを聞いて驚ろきながらも、これを拒絶すれば、第一紡績に、三銀行の引受けた株式を買取つてもらうことができず、更生計画案の審理決議のための債権者集会も間近に迫つていたところから、同計画案の再検討もできず、債務者会社は破産に追い込まれてしまうので、仕方なく右申入れを承諾することとして、数日後に、「貴社(第一紡績)が、当方の依頼により、当社の更生計画に基づき発行する新株式のうち、四九万二、五〇〇株(金額二、四六二万五、〇〇〇円)を買取ることを御承認願つたこと、ならびに、当社依頼により、恵美寿別珍株式会社に金一、〇〇〇万円也御融資を受けたことに対し、左記(前記①ないし③のことの条件を承諾致します。」旨の確約書を差し入れて、調社長の申し入れを承諾した。

(六)  かくして、前記関係人集会において更生計画案が議決され、裁判所の認可も得たのち、新株が発行された。第一紡績は、三銀行の要望により、東洋棉花の社長に依頼して、三銀行に割当てられた新株を一たん東洋棉花が買取り、さらにそれを第一紡績が買取る形で右新株四九万二、五〇〇株を取得し、同年六月二六日東洋棉花に代金二、四六二万五、〇〇〇円を支払つた。

その後、第一紡績は、債務者会社が、中小企業金融公庫から融資を受けるにつき、第一紡績が大量の株式を保有していては、その融資基準に合わないところから、その一部につき他の各債権者に名義を書き換えた。

2  第一紡績へ本件株式買取についての利益の還元

(一)  債務者会社は、第一紡績との右合意に基づき、①昭和四二年五月から昭和四四年三月までの間に、第一紡績およびイチボウ商事との売買その他の取引のつど、債務者会社の売上価額の値引き、仕入価額への上のせなどをして、それを会社帳簿とは別の学習ノートに記載し、双方の担当者が確認する方法で、合計金一、一三〇万六、七六二円を両社に、②同年九月、債務者会社所有の原反をイチボウ両事に安く売却し、同社が第一紡績に高く売り、さらに同社から債務者会社が同価額で買戻すという方法で合計金一一一万円をイチボウ商事に、③同年四月から昭和四五年七月までの間に、同年四月に新たに締結したイチボウ商事との代理店契約に基づき、年間仕入金額の二パーセントの販売歩戻料を支払う方法で合計金九一八万三、〇三八円をイチボウ商事に各還元した。

(二)  染色・加工業界で一般に行なわれているいわゆるリベートの授受は、一定期間の取引額もしくは売上総額の何パーセントかを現金支払もしくは帳簿上の操作で決済する方法で行なわれいる。

(三)  債務者会社は、第一紡績およびイチボウ商事との間の前記のような利益の還元が総額二、一六〇万円になつた同年七月頃、右両社に対して、このような取引を中止するよう申し入れた。第一紡績およびイチボウ商事の方では、従来仕入金額の二パーセントとしていた販売歩戻料の割合を一パーセントとしてもよいから今後も継続するように申し入れたが、浅野がそれは拒否したので、その後は販売歩戻料の制度は中止した。

(四)  債務者会社は、以上とは別に、イチボウ商事に対し同社の要求により、ベツチン、コールテンの値引加工をしていた。

3  本件株式についての議決権行使の状況

(一)  第一紡績は、昭和四二年一一月、昭和四四年一一月、昭和四六年一一月の各株主総会における、後記の自社からの派遣取締役を含む全役員の選任、昭和四二年一一月から昭和四七年一一月までの各株主総会における決算案の承認、監査役の選任など、係争の四九万二、五〇〇株を含む持株全部につき議決権を行使し、債務者会社も何ら異議を述べることもなくこれを認めてきた。

また、第一紡績は、昭和四三年一一月以来、自社から常勤、非常勤各一名づつの取締役を債務者会社に派遣している。

(二)  本件仮処分申請以前に、債務者会社から債権者らに対し、本件の株式もしくは株券の返還を求めたことは一度もない。

ことなどの諸事実が、一応、認められる。

右認定の諸事実によれば、浅野は、調社長に対し、三銀行に割当てられる新株の買取方を依頼し、調社長は、ベツチン・コールテンの生産において国内有数の実績をもつ債務者会社と密接な関係を保つこと、特に将来債務者会社の会社更生手続が終結し、経営状態が好転した際これに対して支配権をおよぼしうる立場に立つことは、第一紡績ならびにイチボウ商事にとつて有益なことであると考え、旧知の仲である浅野の窮状を見かねたこともあつて、右株式の買取方を承諾したが、長期間にわたつて株式の配当も期待じえず、しかも破産することも十分予想される更生会社に対して一時に多額の出資をすることは非常な危険を伴うし、得策でもないところから、同人は、新株を買取ることの代償として、債務者会社との間で、第一紡績およびイチボウ商事に有利な取引条件を設けて利益を得ることによつて、右新株買取代金に近い金額を早急に回収して、株式買取による危険性を最少限度に食止めようとし、浅野も、当時債務者会社の置かれていた再建不安定の状況から、他に引受ける者がとほしく、会社更生へのいちるの望みをこめてこれを了承したことが推認される。してみれば、後に買取代金に近い金額が還元されたとはいえ、三銀行、東洋棉花を経て第一紡績に至つた株式の移転は、株式の売買ないし、第一紡績による実質的な新株の引受と認むべきものであるから、本件株式は現在も第一紡績の所有にかかるものと言える。

もつとも、債務者会社は、本件株式は、債務者会社が第一紡績から借入れた金二、四六二万五、〇〇〇円の担保として、その株券を同社に預託したにすぎない旨争い、疎乙第六〇号証、債務者会社代表者本人の供述中にはそれに沿う供述又は記載があるが、これらは、先に認定した諸事実殊に、後に第一紡績およびイチボウ商事に還元さるべく予定された金額は、新株買取りの代金額にほぼ近いとはいうものの、右代金額を三〇二万五、〇〇〇円も下回るものであり、仮にこれが債務者会社が主張するように消費貸借の金員であるとすると、第一紡績側は、貸金の利息はおろか元金の完済も求めていないことになること、調社長から当初資金融通の話が持ち上がつたが、債務者会社としては、会社更生手続中のため物的担保を提供しえないということが理由の一つとなつて実現しなかつた程であるから、後に、更生手続中の会社の株券を担保として融資がなされたと考えるのは不自然であること、調社長と浅野との間で、株式の帰属株券の返還について、当初から全く話し合われた形跡がないこと、債務者会社は、当時三銀行に割当てられた株の買手がみつからない限り、更生計画案が決議認可されず、破産に追い込まれる状況にあり、第一紡績から株式の買取りにつき、相当かこくな代償を求められたとしても致し方のない立場にあつたといえることなどの事実に照らして反対疎明として採用することができず、他に前記疎明を覆すに足る疎明資料はない。

三商法二八〇条の二第一項違反の主張について

債権者は、債務者会社が、新株発行の取締役会決議の後、割当ても終つた段階で、一たん受領した申込証拠金に利息を付加して、これを申込人全員に返還し、申込人は全員これを受領したので、右取締役会議は取消されたことになるから、債務者会社は取締役会の決議なくして新株発行をなさんとしているもので商法二八〇条の二第一項に違反する旨主張する。しかし、債務者会社が新株の発行を仮に差し止める旨の仮処分命令に基づき、新株申込人に申込証拠金を返還し、申込人がこれを受領したとしても、それは、右差止の仮処分命令により、以後新株発行手続を継続することが不可能な事態となつたため、とられた措置に過ぎず、右各行為を目して直ちに新株割当ての撤回とか、新株引受申込の撤回とかの意思表示がなされたものということはできないし、単に仮処分命令により一時将来に向つて新株発行の効力の段階的発展を止められているに過ぎない本件の場合にあつては、右のような各行為があつても、すでに生じた株式引受の効力には何らの影響も及ぼさないというべきである。

また仮に、右のような行為を目して債権者ら主張のような撤回の意思表示と解釈しえたとしても、それは、個別的な、申込当事者間の任意の行為としての撤回の意思表示に過ぎず、以后右申込人について債務者会社と申込人間の引受、申込、割当といういわば取引法上の行為が取消されることとなるは格別、それが本件新株発行に関する取締役会の決議といういわば組織法上の行為の効力に影響を及ぼすとはいえない。

従つて債権者のこの点に関する主張は、それ自体理由がない。

四商法二八〇条の二第二項の「特に有利なる発行価額」にあたるか否かについて

1  株式の時価の算定方法

商法二八〇条の二第二項の「特に有利なる発行価額」とは、「公正な発行価額」、すなわち、株式の時価を基準とし、それを下まわるとしても、一定の合理的な範囲に留まる価額をいうものと解される。そこで、本件新株の発行価額が公正な発行価額であるか否か判断するためにはまず、債務者会社の株式の時価を算定することが必要となる。

債務者会社の株式が、証券取引所に上場されておらず、店頭取引もなされていないことは、当事者間に争いがないが、このような、いわゆる非公開株式の時価の算定方法としては、現在通常、純資産方式、収益(利益)還元方式、配当還元方式、類似会社もしくは類似業種比準方式などがある。

ところで、ここで必要なのは、公募の方法による新株発行の際の、公正な発行価額算定の基準とするための株式の時価算定方法であるから、会社の営業活動を継続することを前提として、もつぱら配当請求権にのみ関心をもつ一般投資者の立場から、投資の対象としての株式を評価するに適した算定方法でなければならない。

このような観点から右の各方式を検討すると、純資産方式は、会社の純財産に対する一株の持分をもつて株式の時価とするものであるが、この持分は、会社清算の場合などのように、その払戻を受けうる状況にある場合は別として、会社が営業活動を継続することを前提とする限り、観念的な存在にとどまるので、この場合の算定方法としては妥当でない。また収益(利益)還元方式は、一株あたりの会社の収益力をもつて株式の時価とするものであるが、一般に、会社の利益の相当部分は、配当にまわされることなく社内に留保されるので、もつぱら配当請求権にのみ関心をもつ一般投資者の立場からの株価算定の方法としては、これまた妥当でない。結局、この場合の株式の時価算定方法としては、現在使用されている算定方法のうち配当還元方式もしくは類似会社または同業種比準方式をとるべきこととなる。

2  債務者会社株式価額についての各鑑定書の記載

<証拠>(公認会計士坂田健太郎の報告書。以下「坂田報告書」という。)、<証拠>公認会計士池田雅夫の鑑定書。以下「池田鑑定書」という。)によれば、債務者会社の株式の昭和四七年一一月頃の時価は、

(一)  純資産方式による場合

(1) 資本に利益留保性引当金および諸積立金を加えた場合 坂田報告書によると一株金三四八円四一銭

(2) 同じく、引当金、諸積立金の税法超過部分のみ加えた場合 池田鑑定書によると一株金二七四円六八銭

(二)  配当還元方式による場合

池田鑑定書によると、一株金〇円(ただし、税法上は金二五円)

(三)  類似会社比準方式による場合

坂田報告書によると一株金四三四円七六銭

(四)  同業種比準方式による場合

池田鑑定書によると、一株金一三九円六五銭となる旨の記載がある。

前記のように、純資産方式はこの場合の株価の算定方法としては妥当でないので、(二)〜(四)の算定について検討することとする。

3  債務者会社の株式価額についての各鑑定書の検討

(一)  池田鑑定書によれば、前記の算定の根拠は

とし(ただし、①の算式は独立して用いられたものでなく、配当・純資産方式―配当還元方式と純資産方式の両方で算出された値を加えて二で割る方法―の計算の中で用いられている。)、①の計算では、一株あたりの配当金額を、債務者会社の過去三年間の平均配当金額(三年間無配当であるから金〇円)とし、②の年平均配当率も同様のものとしている。もつとも、これとは別に、債務者会社の将来の配当率を年八パーセント(一株あたりの配当金額金四円)と仮想して、先の計算を修正している。

しかし、配当還元方式は、現在の株式一株に対し、将来与えられることが予想される配当を一定の資本還元率を用いて資本還元して株価を算定するものであるが、この方式をとる場合には、この予想配当を適切なものとしなくてはならない。右各算定には、いわゆる恒常配当還元方式・実積値方式をとつているが、この実績方式は、将来の配当の平均水準が、最近の過去における配当実績とほとんど変りがないであろうという想定を基礎とするもので、そのような想定が妥当視される場合にのみ適用が許されるものとされている。先に認定したように、本件においては、債務者会社は、今期まで会社更生手続中で、配当をなしえなかつたところ、次期から配当できるようになつたのであるから、右のような想定が妥当視される余地はない。

また、右鑑定書が仮想した年八パーセントの配当率も、その算定根拠が全く示されていないのみならず、<証拠>によれば、債務者会社は、次期(昭和四七年一〇月一日から昭和四八年九月三〇日まで)には一五パーセント以上の配当を目標としていたことが、<証拠>によれば、債務者会社は将来年一〇パーセントの配当は堅持する積りでいることがそれそれ一応認められるが、これらの事実に照らして、必ずしも妥当な予想配当率とはいえない。

(二)  坂田報告書によれば、前記2(三)の算定の根拠は、次のとおりである。すなわち類似会社として高瀬染工株式会社(以下「甲社」という。)と日本織物加工株式会社(以下「乙社」という。)を選択し、債務者会社の株価をX、一株あたりの、配当金をB(一一円)、純利益をC(四一円五二銭)、純資産をD(三四八円四一銭)とし、甲乙両社の、平均株価をa(一七二円)、一株あたりの、平均配当金をb(五円)、平均純利益をc(一七円二六銭)、平均純資産をd(一一〇円七七銭)として、

にあてはめて算出したものである。そして、債務者会社の一株あたりの配当金(一一円)は、甲乙両社の平均配当性向(甲乙両社の配当金総額を加えて二で除したものを甲乙両社の平均純利益で除したもの)0.27を債務者会社の一株あたりの純利益に乗じて債務者会社の推定配当率(二割二分)を算出し、これを券面額に乗じて算出している。

しかし、類似会社比準方式は、上場会社のうち、事業の種類、資産の構成、収益の状況、資産金額などの類似したものの株式の取引相場を基準として、これに一株あたりの配当、利益、純資産などの比率割合による修正を加えて株価を算定するものであるが、この方法をとる場合は、比較する上場会社として、評価する会社と真に類似する会社を選択すること、選択した会社の株式の取引相場が、その会社の利益、配当、資産状態を適切に反映していること、市場性のない株式、すなわち容易に売却、換金する可能性のない株式を市場性のある株式に投映した点の適切な修正を施すことなどの配慮が必要である。右算定の基礎とされた甲乙両社ならびに債務者会社の関係数値は別表(二)のとおりであるが、これによると、債務者会社と甲乙両社は、売上高、純資産額については類似性が認められるものの、その他の点、ことに事業の種類については、はたして類似性があるのか否か不明である。次に、甲乙両社の株価は、昭和四七年九月一カ月間の高値と安値を取り出し、これを単純に平均する方法がとられているが、このような方法が妥当であるか否か疑問がある(いわゆる国税庁方式の同業種比準方式では、最近三カ月間の各月の株価のうち最も低いものとしている。)のみならず、甲会社についてみると、同月一カ月間の高値(三一六円)は、安値(一六五円)の約二倍になつている。このことは、この間に甲社の株価を急変させる要因があつたことを推測させるもので、はたして、右の株価が甲社の利益・配当、資産状態を適切に反映しているものか否か疑わしい。また、市場性のない株式を市場性のある株式に投映したことの修正もなされた形跡はない(前同方式によれば、この点の修正のため0.7を乗ずることがなされている。)。

(三)  2(四)の算定は、「類似業種比準価額計算上の業種および配当金額等の平均額(昭和四七年度分)」(直資三―一九(一般)昭和四七年七月二一日)に基づいて、いわゆる国税庁方式の類似業種比準方式によりなされたものである。しかし、この場合にも、評価会社(債務者会社)の直前期末における一株あたりの配当金額を〇円としている。この点前記3(一)と全く同様の問題があるといわざるを得ない。

4  以上のように、前記2(一)〜(四)の株価算定については、いずれも疑問があるので、これらによつて算出された数値をもつて直ちに債務者会社の株式の時価とみることはできないところ、他に右株式の時価を算定するための基礎とするに足る疎明資料はないから、判定の基準とすべき時価についてはこれを知りえないという他はなく本件新株発行の株価が特に有利なる発行価額であるかどうかとの点については結局その疎明がないことに帰する。

五著しく不公正な方法による新株発行であるか否か。

1  債務者会社の支払停止から新株発行までの間における内外の状況

<証拠>を総合すると、

(一)  債務者会社が支払停止のやむなきに至つた後、債務者会社の従業員は、労働組合を通じて、その上部団体の指導を受けながら、会社財産の散逸を防ぐため、三交代で昼夜工場内外の警備につとめ、会社債権者らの手によつて原材料が持ち出されることを身をもつて防いだ。また、同労働組合は、会社更正手続開始にあたつて、固定経費減少のための人員整理に協力し、熟練労働者を確保しつつ大幅に減員することを自ら行ない、そのための退職金の一部を、同労働組合が他から融資を受けて立替え払いするなどした。従業員は、低賃金に甘んじながら、繁忙期における債務者会社の早出、残業命令にもよく従い、昭和四六年九月頃には、休日返上、時間外労働を制限する労働協定の一時効力停止までして、債務者会社の更生に協力した。昭和四四年末頃から昭和四五年夏頃までのベツチン・コールテンの国内における大量需要、その後の国際的なベツチン・コールテンブームその他の要因もあつたが、右のような従業員、労働組合の協力が、債務者会社の更生計画の早期完遂をもたらした一つの主要な要因となつた。

(二)  債務者会社の反物の産元や資材仕入の問屋など従前からの取引先は、そのほとんどが、更生計画により、一般更生債権者として、債権額の六四パーセントを切捨てられ、しかも残債権の一部については、債務者会社の発行した新株による代物弁済、その余については長期分割弁済とするなど、相当かこくな条件を承認した。また、右のような犠牲を強いられたにもかかわらず、その後の取引において債務者会社の更生に協力した。

(三)  会社更生計画認可後二〜三年の間は、第一紡績と債務者会社との関係は円満であり、調社長と浅野は密接な関係を保つていた。

ところが、昭和四六年頃から調社長と浅野は対立するようになり、同年一一月、調社長が、浅野に対して、同人が今期代表取締役に就任することには同意するが、次期には円満に退任し、後進に途を譲られたい旨申し入れた頃から両名の対立は明白になつた。

昭和四七年五月頃、浅野は、第一紡績から派遣されている常務取締役垣田秀彦を、同人の取締役としての任期が終了する同年一一月以降は監査役とすることを調社長に申し入れたが、同社長はこれを拒絶した。その後同年九月頃第一紡績側から、従来常勤、非常勤各一名の取締役を派遣していたが、次期からは、さらに非常勤取締役二名を増派したい旨の申し入れが債務者会社に対してなされたが、浅野ら債務者会社の取締役はこれを拒否した。第一紡績側は、債務者会社が、取締役増派を受け入れなければ、同年一一月二七日の定時株主総会において、浅野ら債務者会社役員に議決権行使の委任状を出さない意向を固めるなどのこともあつたが、結局第一紡績側が折れて、委任状を出したため、右株主総会は無事終了した。

(四)  ところが、右株主総会終了後行なわれた取締役会で、浅野は、新製品の開発、商品の高級化その他のために設備投資が必要となつたこと、更生手続終結に際し、取引関係者間に増資を要望する声が多かつたこと、更生計画の遂行に協力して頂いた人びとに報いたいことを理由に増資を提案した。これに対し、第一紡績から派遣された取締役二名は反対したが、結局多数決で決定された。

(五)  債務者会社には、毎年一回、課長代理以上の者が出席して開かれる計画会議なる制度がある。右会在の営業部をはじめ各部署の立案した担当部門ごとの計画を取締役会で討議し、決定した経営の基本目標、受注計画、収支計画などに基づいて議案を作成する。各部署の課長以上の者は、これらの議案に関連して予め与えられた課題についてのレポートを提出する。これらに基づいて、計画会議においては、取締役会の決定した基本方針を説明し、かつその実施についての各部門の意見を聴取することが行なわれる。

第九二期(昭和四五年一〇月〜昭和四六年九月)計画会議では、将来の発展のため、開発担当専門部門の新設が、第九三期(同年一〇月〜昭和四七年九月)計画会議では、設備・作業の改善による時間外労働の削減がそれそれ基本目標の一つとして示され、これに基づいてレポートが徴せられた。

第九四期(同年一〇月〜昭和四八年九月)計画会議は、昭和四七年一〇月七日開催され、そこでは、当期更生計画完遂が予定されていたところから、新製品、新種加工の開発を軌道にのせることとならんで、年一五パーセント以上の株式配当の復活、従業員の年間所得の一五パーセント増加が初めて基本目標として示された。そして、これらの目標達成のため、予め各部門担当者から、各種新製品開発に関する現況と将来の見込み、そのため必要な設備、公害設備に関する問題点、さらには、各部門の合理的人員配置、債権債務、信用状況等をめぐつての取引先管理の方法などに関するテーマでレポートが提出され、これらに基づいて、新設機械として、ヒートセツター(熱風乾燥機)、エージャー(むし機)、など、公害設備として、廃煙脱硫装置、廃水処理装置などが必要であるとの報告がなされ、それらの設置について検討がなされた。右各設備新設に要する費用は、一億円以上にもおよぶ。

(六)  債務者会社は、第九四期の利益計画を目標(税引後利益三、〇〇〇万円)通り達成してもなお資金余剰(自己資金)は四、〇〇〇万円程度にすぎない。また、昭和四七年一一月末現在で、中小企業金融公庫を中心に、長期二億二、六〇〇〇万円、短期九、〇〇〇万円の借入金があり、これ以上の借入は困難を伴ううえ、前記設備資金を全額借入金でまかなつたとすれば、それら従前の借入金の返済金(昭和四八年一月〜五月で一、六〇〇万円〜一、八〇〇万円)に加えて、新たな借入金の返済金ならびに金利負担が加わることとなり、これを返済してゆくには相当の無理がともなう。

(七)  債務者会社は、従業員ならびに取引先に株式を所有させることにより、従業員には勤労意欲を増進させるためならびに、取引先には将来とも緊密な協力を得るとともに、更生計画遂行にあたり両者に強いた犠牲のつぐないとするために、株主割当ての方法をとらず、公募により新株発行をすることと決定した。

昭和四七年一二月二三日、新株引受申込締切の時点で申込口数一九八口、申込株式総数一〇六万株となつた。

債務者会社は、前記のような、公募の方法を採用するに至つた理由から、一人(一法人)最高五万株とする、債務者会社の役員の申込に対しては割当てない、同従業員および取引関係のない一般人の申込に対しては一人最高五、〇〇〇株とする、件外恵美寿別珍株式会社は、債務者会社との関係が深いので二万株(申込数五万株)とするなどの方針で右各最高限度の範囲内で申入数に応じて割当てた。その結果、債務者会社労働組合五万株(申込数六万株)、同一般従業員五万七、〇〇〇株(同六万二、〇〇〇株)、同管理職従業員九万株(同一四万株)、取引先四八万一、四〇〇株(同五六万一、四〇〇株)、その他一般一二万一、六〇〇株(同一八万六、六〇〇株)の割当てとなつた。なお、債権者らは全員株式引受の申込をしていない。

などの事実が、一応認められる。

2  新株発行方法についての検討

商法二八〇条の一〇の「著しく不公正な方法によりて株式を発行」する場合とは、新株発行が著しく不当な目的を達成するための手段として行なわれる場合をいう。

通常新株発行の目的は会社の自己資本の充実であり、この場合既存株主の新株発行に対する関心は、専ら有利価額発行による自己保有株式の経済的価値の減少にあるが、会社の経営権の帰属等議決権の行使等について争われている場合等にあつては、取締役会が、反対勢力を駆逐しようとする等の動機をもつて新株発行を企図することもありうるところであり、この場合経営権等の帰属について重大な関心を有する株主は、勢い、新株発行について自己の持株比率の低下を問題とせざるをえない。

このような新株発行の動機は、一つのみのこともあり、幾つか併存することもありうると考えられるが、株主割当以外の方法により新株発行がなされる場合は、既存株主の会社支配へ参与する比率は当然低下するものであり、仮にこの場合取締役会に、既存株主の持株比率をさげ、自己が経営権を掌握しようとする等不公正な目的を有していたことが少しでも認められたときには、直ちに本条の「著しく不公正」な方法による新株発行であるとして、差止請求を認容するとするならば、およそ経営権の帰趨等について問題のある場合、会社は株主割当以外の方法による新株発行はできないこととなりかねず、公募を原則とし、自己資本充実のための手段としての機能を負つている新株発行制度の実質が無に帰するおそれがある。一方新株発行についての取締役会の意図が、専ら反対勢力の駆逐等不公正な目的にある場合であつても、新株を発行しようとする以上、当然自己資本調達の必要等公正な発行目的についていちおうの疎明を準備しているのが通常であろうから、仮にこのような公正な発行目的が認められさえすれば、他方においていかに取締役会が不公正な発行目的を有していたとしても常に「著しく不公正な」方法による株式発行とは言えないとし、差止請求を排斥するならば、株主に、不公正な方法による新株発行差止の権利を認めた本条の立法趣旨を無視する結果となろう。

このように考えてくると、不当な目的を達成するため新株を発行する場合と言うためには、少なくとも、取締役会が新株発行を行なうに至つた種々の動機のうち、不当な目的を達成するという動機が、他の動機よりも優越し、それが主要な主観的要素であると認められる場合をいうものであり、差止請求においては、その程度の疎明がなされることが必要かつ十分であると解すべきである。

ところで、本件においては、先に認定したような、債務者会社と第一紡績の従前の関係、両社の取締役らの対立、本件新株発行決議のなされた経緯、ならびに計算上明らかな、本件新株発行により第一紡績の議決権割合が、51.2パーセントから27パーセントに低下するという事実などから、浅野ら債務者会社の取締役が、本件新株発行決議をなすにあたり、第一紡績の議決権割合を低下させる動機を有していたことが一応推認できるし、右のような動機は、不当なものと言える。しかし他面、前記(五1(五))の認定事実によれば、債務者会社において、従前から新製品開発その他のための設備の必要性が計画会議で検討されており、資金調達の必要性はあつたといえる。もつとも、そのための具体的計画、資金調達方法の検討などは行なわれた形跡はなさそうであるが、債務者会社は、本件新株発行の決議がなされる直前まで会社更生手続中であり、具体的な設備計画を立案してみたところで、多額の債務の支払に追われながら予め定められた利益計画のもとで経営がなされて来たことから、その実現は非常に因難であろうことが容易に推測しうるので、このことをもつて直ちに資金調達の必要性がなかつたとはいえない。そして、前記(五1(六))認定のような債務者会社の借入金の現状からすると、右資金需要を新株発行によつてまかなうことが不必要かつ不急であるとはいえない。

また、前記(五1(一)及び(二))認定事実によれば、債務者会社は、会社更生計画遂行にあたり、その従業員、労働組合・従来の取引先などにかこくな犠牲を強い、その協力を得て、ようやくその終結に至つたのであり、この時点で、何らかの形でこれらの者に感謝の意を表することにより、将来の労使間の協調、取引先の確保、取引の円滑化を図ることは債務者会社の経営に不可欠なことといえる。そのための方法の一つとして、債務者会社の株式をこれらの者に所有させることも会社経営の方針として十分首肯できることである。このような観点からも新株発行の必要性はあるといえる。

してみると、浅野をはじめとする債務者会社の取締役らは、本件新株発行決議にあたり第一紡績の議決権割合を低下させるという不当な動機を有してはいたものの、他面客観的に新株発行の合理的必要性も存し、右取締役らはそのため新株を発行しようと意図してもいたものと考えられるので、同人らがもつぱら第一紡績の議決権割合を低下させるために本件新株発行をなしたものと言えないことは勿論、同人らの不当な動機が、右のような新株発行の必要に応ずるという正当な動機に優越しているとまでは認めることはできず、他にこれを認めるべき疎明資料はない。

以上のとおり、本件新株発行が、不当な目的を達成するため、すなわち、「著しく不公正なる方法によりて」なされたものと断定することはできない。

六結論

以上の次第で、本件新株発行が、商法二八〇条の二、第一項および第二項に達反し、かつ著しく不公正なる方法でなされたとする債権者の主張はいずれも理由がないので、結局、本件仮処分申請は、その余の点について判断するまでもなく、被保全権利たる新株発行差止請求権の発生自体につき疎明がないことになるので、先に債権者らの申請を認容した主文第一項掲記の仮処分決定はこれを取消し、本件仮処分申請はこれを却下することとし、訴訟費用の負担につさ民事訴訟法九五条本文、八九条、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(本井巽 中込秀樹 河原和郎)

別表 (一)(二)<省略>

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